夢の漂流者

























わたくしの歩調の中には きみの舌が刻まれる 節のない愛が こぼれるように吹き出し 泡を吹いて倒れる胴体 懐中時計の懐に 鉄の鼓動が どくんと 春は小鳥の鳴き声だけをあつめたテープによって運ばれる木々の変体 節引くわたくしの孤島のナイフで 切り開かれた水面 絶望が放射する髪の毛で わたくしの喉は縫いとめられた まっさらな死装束に水面が染みついていく 

透明にほどけた雨に似て きみは融け去った 夜に 翔る青 止まる星 融けきって昇る硝子灯が きみを監禁した

地獄との接吻 

わたくしの中の冷えたナイフ 小鳥の舌を切りとるナイフで 自身の心臓の位置を正確に切り分けていかなければならない その研いだ性器 なめらかな刃を月の反復 円心に添わし ひたりとその液状の冷たさを石にたとえた 砥石に愛撫された石器ナイフで眼球の一層目とニ層目の間を切り開く わたくしの目はそうしてやっと おびえた体を従えて 足の裏をその冷えた性器 凍えたナイフの上へとのせる わたくしの心臓はツツーと滑るように切断されていく その陶酔 甘い切り口は 世界を焼き尽く眼の集合体として見つめ返す ひとつの見開かれた眼として転がっていく

言葉は吐き出された どしゃぶりの死を かけめぐる魂の投身 炎のように蒼く融けゆく あばら骨は残らず飛びたった 空をめぐる爬虫類 背を這う蜥蜴は 空に隠れた 小さく伸びた舌 その赤が 空の網膜を窒息させる 眼の即死 時ははぜた 眼球のきらきらと砕ける 水溶液に飲み干される 逆流 星の葬列者は みんな首吊り死体だ 夜にハンガーでとめられる ぶらさがった靴が落ちた

乳体のおびやかす空 白壁に埋もれた闇 うすら闇が ほっそりとした首に手をまわす きみの眼はただのガラス球 ことりと落ちて カラカラと空を笑う 不可思議に透明になった 目のない死体は 水の中に浮かぶ 真っ白な泥の中に横たわった 常夜の渇き

わたくしの目は探りあてる きみが残した小石 足跡の木々 虚空をかっぽする夜が
森の木々にのってやってきた 暮れ空は染色された 木々の蠱毒に解凍された 風景の断末魔が眼を黒く塗り潰し 眼球を誘拐した 死の住んだ舟 死の鳴り響く枝々が
わたくしの背すじをつかんで 瞳の中に死をまいた わたくしの夜がするすると手を引く

白髭に誘惑される 私の足をさすって 私を枯らしてしまおうとする 快楽の羊 その耳もとにつっぷして撫でられていたい 夕暮れの木々は灰色の線を編みあげる 縫いとられた私は 空に忘却をする気付け薬で 眼を洗われた 陶心する寒さは 地中から立ち昇る黒によって塗り潰される 足や手は木々に縫いつけられた ああ 夕空の透明な白が 暴れ出す黒い木々を残らずさらっていった 夜に縛りつけられた木々は黒い産声をあげ 空に血祭りにあげられる 私の脳裏もそのようにして 空にはりつけにされる 呼吸で空を吸って 眼は黒く塗り潰された きみへ 鳴動する夜の使途 黒木が羽ばたく その断末魔に耳が焼ききれる 網膜が燃えあがる 夜に閉ざされた瞼 それをぬぐいさって 飛びたつ黒鳥が 空を殺戮していく わたくしのような透明で 空も日射しを飲みくだし 吐くように甘い蜜にして 届けるのに わたくしの眼はますます細断されるばかり わたくしの指は空の起床に触れられぬばかり わたくしは空を食った 夜を食った きみも食った 死に染色された わたくしはわたくしをも染めあげてしまう その死が産み落とした 空の産声の響く肌 透過する光というものの正体に 闇というものの正体に わたくしは染めあげてしまう

わたくしの歩哨 死はわたくしの中ほどに立って 死を埋める骨壷 空を身に纏って 肉体という器を染めあげてしまう 空は絶望のまいた花粉 瞳の数だけの受粉を行う 灯火された肉体の放射場で開かれた瞳 受粉した眼によって 発芽する意識 きみの開かれた瞳からこぼれ続ける涙 浮き彫られた白 夜に照らし出された花弁が わたくしたちの脳裏に植林される 根が侵食する 家と言う肉体 空と言う肉体 器は色を変え形を変える肉体という容器 過去をマッチで燃やしたきみ 過去をマッチで燃やし続けるきみ わたくしの白根にも空が染まる わたくしにその透明なかろやかさを突きつけるきみ なぜと問うことはしない それはただそうだったとしか言いようがないからだ わたくしは放射する夢の吐瀉物