瀧口修造:夢の漂流物にいく























 
詩を恐ろしいと思わない者は詩を書くべきではないと誰かが言っていたような気がするけど 
瀧口修造の詩はぼくにとってそうゆうものだ 
それは呼び水みたいなものだ 

瀧口修造の絵画は美しい 
でもそれは 
表層の深度にとどまる 

詩においては 
世界を窒息させようとやっきになる言葉の羅列を 
ていねいに詩の順列にのせていくような 

世界をおびやかす言葉 
新たな世界のかたちを言葉のつらなりによって表出させる 

ひとつの眼によって選ばれ流れてきた漂流物に囲まれた場 
(非常に多くの作家の熱量が瀧口修造という人によって束ねられた特種な空間)は 
ある種の精神の運動をさとす 
武満徹の音楽とともに言葉が沸き立つ場であった 

そして目撃者 
芸術の場に立ち尽くすことによって 
その息吹を汲み上げ詩にしたためる 
現代においてもこのような目撃者がいたらいいのにと想う 

ダリの一枚目と光の風見鶏ラジオメーターは永久機関と蒼い蝶

世田谷美術館 
4月10日まで 

瀧口修造:夢の漂流物 

http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html