呼ぶ
静かに赤い口紅を塗って 井戸の底の月光膜のぬらりと光るのを見 微風の遠い細草を運ぶ音を聞く 握った枯れ草のはらはらと舞い落ちる無音 夜は水面の上を走る星明かりが 田畑を抜ける宵の風に追いこされ 掻き揺れる 融けた星明かりはあまい瞳に拾われて 夢をためる空井戸の中に ぽーんとひとつ落ちる 星明かりが呼び水になって 空井戸の真っ暗な闇が滲みだし 夢をうつす逃げ水が 闇を満たす その水はあまりにも軽い そおっとその水面に浮かぶ像を見ると 闇の重層カーテンの色のなか さらに深い闇がすっぽりと抜けた顔を持つ男が 蠢く三層目の闇色と四層目の闇色でできた上衣を ゆっくりと動かしながら よぶ その男は泪の雫の中からも よぶ