うるか[潤香]、すべての詩場に染む・諦念












 








やあ 実際まだ長野にいるのです
作品の梱包が間に合わず帰れなかった
明日の朝一で帰るべく梱包する と意気込みたいところなのですが
あれです
かちかちかちとチューインガムの銀紙を噛んでるみたいに
銀の音が歯に染みて
ぼんやりしてしまうのです


そういうときはなんども言うけど
一つひとつ足元の平たい石を拾って
懐にいれて温めるみたいに
物事を片付けるしかないのです

そう川原には石が多すぎるけど
僕の足元には数個の石しか落ちてないでしょうが




集中には
音楽は害悪だったこの頃
音楽はずっと流れ続ける
リピート
掃きだされる
音楽に空間を占められてしまって
避難する
そういうことだ





精神がふりふりいってる
ねぐらに戻りたい
まぶたが重い
口の端切ったときみたいに
渇いている
強く眼をつむる
瞼の中に溜まった
鬱血した
クノールのコーンスープの素みたいな
映像の掃除を始める


ククレカレーはまずい
なんでインスタントカレーはまずいんだ
どうして手作りのバーモントカレーのルウでつくった
ごく普通のカレー味が出せないんだ

家庭のカレー味をインスタントカレーでだせば
ヒット間違いなし





「うるか[潤香]」



肉体の毛布は
人肌を求めて嗄れる

伏した布団の隙間
凍えた乾気は漂う

眼は瞑られ
瞳はひらく

肉穴の優しい声
震える指先

枯れた性器の
落とす滴

剥きたての肌に張りついたシーツは
ひたりと肌を鳴らし
冷えた乾季を纏って
素肌の
悲鳴を寝取る

枯れ井戸は肉体に沈み
埋もれた吸膜が
乾いた圧を吐く

吐息に含まれる
胃臭のなかに
枯れた酸素が舞っていて

ふわりと
言葉にはりついて
落下していく

底には
枯れ尽きた闇?
それとも湿りと濡れた闇

渇きは声に粘りつく

口蓋に響く
かすれ声が

しっとりと乾膜をぬらす
口蓋から食道をとおって胃腸へと続く
枯れ井戸の闇間を
潤んだ宝声が満たす

外まで弾んでいった
枯れ口声は
言葉を散らす





うるか[潤香]
氷った砂糖漬けには夜が住む




ああ潤びた
きみに
その眠たげな肌は豆腐のようにヒタと付く
つんと起った口
赤子の肌は深く深呼吸する

ずっとねむっている

意識の沈殿
泥のような霧

僕はきみを打つ

きみの頬にあわせて
手の平が吸われて
音はきみを鳴らす
柔らかな波頭
撫で崩れる泡(あぶく)の
はじく泡音がきみの夢を揺らす

永遠の無意識が
きみの頬を打つ波頭

半睡眠の纏った
吐息の霧
湿りと手に纏いつく
潤み声
霧煙が濡らす腕
腕を抱く霧煙の指先が
迷う
驟雨の森










うるか 【潤香】 
鮎(あゆ)の内臓や子を塩漬けにした食品。苦みがあり酒肴として珍重する。

 
  
 






ぼとっと炒めた野沢菜が盆に落ちる





「エレベーターを巡る舟」

高層ビルの角に立って防風林として
冬の光の割れる様を見つめる
氷った泉
瞳のレンズの上
つるっと滑った灰色のコートの男が
そのままビルの谷間に落ちていく

瞳の上に刻まれた靴跡の白い傷が
乱反射した像を運ぶ
男は蟻になってアスファルトの地面に着陸して
前足を骨折しただけだった

足を引きずりながら黒蟻は
双眼鏡を通しても点として進む

僕は高層ビルの滑らかに磨かれた窓ガラスを轟音とともに
吹き上げる気流に吹き飛ばされそうになりながら
靴底の根でしっかりとビルの屋上にはりつき
頭の毛を揺らす

その時ひとつの足が
蟻を踏む
ぷちっとその黒光る革靴の底ゴムに
防音されて
墓は革靴の底にだけ染み付いて
訃報は踏みにじられてしまった

その事件を僕は
片足でビルの角に立って
双眼鏡で見つめる

双眼鏡の凸レンズの
なめらかな黒眼
その反射光が散らす
手旗信号に応じて

もう一匹の蟻が真っ青な空から落ちてきた
斜めに左側のレンズの上に着陸
そのまま足を滑らせた蟻は
まっさかさまに落ちていった

暴風気流の力学に軽々と垂直落下は曲げられ
蟻は瞬間移動するように
双眼鏡では追いきれない
見失った蟻を探しつづける眼

いつのまにか地面との距離感が失われてしまったみたいだ
そのとき足の裏の根が
蟻の大群に食いちぎられそうになっているとは
不安定な片足はふらふらと風にあおられ
写像を乱す

あっ
蟻色のコートの男が潰れている
血流は下水道の穴に向かって流れ始める
真っ赤な根っこが都市の一番暗く
一番臭く
一番深い懐へと
帰って行こうとする

都市の暗黒の海
死霊の母たる
下水の暗渠に
男の魂は帰っていこうとしている

赤い滴がぽとりと
暗い洞穴を抜けて
闇の濁水に混じった

小さな湯気のようなものが
じゅうっとあがったような気がした

その時僕の足の根は食いちぎられ
都市の防風林としての役目を終え
静かな一匹の蟻になって
ビルの谷間に落ちていく

あれ、なんで僕は双眼鏡を握ったまま落下しているんだろう
肉がアスファルトの尖ったスリガネの
ただ堅い冷たさに怯えだし
痙攣を始める
血袋をもって僕は落下する























遠いとんびが白い影
白い影が空に縫いこまれていく
夜草は青い文字
乳白の蝋
取っ手に爪痕が
古い匂いを浴びて
ノートの切れ端に古ぼけた
口紅
雲は泳ぐ
何処までも渓流を遡る
魚の鱗が一つ零れ落ちた
白い疣








大地に乳房が生える
落葉の森に乳房が

乳房は空を見つめる
嘴が空をついばむ
鳥は死んだまま空に漂う

血がだらりと空の切口から流れ落ちる
艶やかな空の肌を
血液がひとすじ線を引く


排泄の闇は濃い
ひかりだすほど濃い











「すべての詩場に染む・諦念」



ぱちっと割れるしゃぼん玉を
虫とり網で掬いとる

記憶がどこかでぱちんと鳴る
時の暗渠にぱちんと

まばたきが追った
睫毛がふさ と

眼はどこまでも追う
が
まばたきの一瞬に
りんごの実は落ちる

午睡のあいまに
花は開く

暗闇にりんごの実は生る
瞼の下りる瞬間に
ストップモーションで花は咲く

打ちのばされた
ソウゾウリョクの
まだ軟らかい鍛鉄に
針先まで削りだされた釘を打つ
痛みのない痛み

痛点の消失した
癒えることのない膿傷に
ずぶずぶと刃物が沈む
沼
無反応の肉

<夜に去勢の逝く声が>

晴天の一滴
唾のような
涙だけが知っている

花は
不透明水彩の粘度を持って

混ざりあい
喜びあう

それも透明な
アップルジュースの入ったグラスのなかで起こる
大地震の予行練習のように
ただしずかに
夢精の瞬間の朝焼けに似て
夢をはさんで反対側の鏡に映る
世界の墓標には

あたたかく花ひらく水槽の生活と
かじられた肉片の断面の赤がある

どちらも
夜の木は眠ることをやめない
便箋には影だけが忍ぶ













ふわりと舞う
薄網の蠱惑
白の牢獄に捕われない
古音
僕わ




僕の頭のうえの斜めの天井が
がさごそ鳴って
尖った爪の指先で頭を撫でられるように
それはとても親密な狂気




ゲシュタルト崩壊
夢精