創世記












 







葉を重ね
宙に浮かぶ平石を飼う

重みはズンズンと増すが
平石は頭上斜め上にとどまったまま

全体重を僕にたくす
それは背骨に水平に置かれた陸亀の甲羅の
重さと等しく

足を砂地に沈める

立ちイ眩みが
微熱のように
背骨に住み

すべての肋骨の上を小さな蟻の行列が蹂躙する

荷はすべて払って
意識のロープは海底へと沈んでいった

<ロープの結び目にも蟻が>
<蟻は海底に潜る、ひとつの眼として>


背骨は溶けていくつらら
今しも支えを失った身体が
前のめりに崩れ
びっくりするほどの寝汗を垂らし
二度と起き上がることはないだろう

しかしまだ背にのった陸亀の手足は
打ち捨てられた棺桶のように
無言でいる

つまり頭上に浮かぶ平石は
僕の頭の半分以上を占め

仮死状態の意識を

その視野を
赤い液状のもので覆って

眼を反転させる

眼球は回転する
地球の自転を追いかけるように

暗闇しかない
ところに花は咲く

そのときはじめて眼球の側壁に書かれた
文字列に気づく

<その瞳もひとつの時計として>
<時間そのものを見ることができるようになった>

瞳は太陽を直視し続ける
すなわちそれは日時計として
ゆっくりと自動的に文字を読み上げる

風紋を刻むうなりごえが
後ろを駆けていった

<後ろ?>
<はたして今の僕にとって>
<後ろとはいったいどこを指すのか>

眼球側壁に隠され
刻みつけられた言葉は
古代象形文字に似た初めて見る文字だった

しかしその曲線
形状から
子宮のなかで聞いた
臓器の声に似て
とても安らかだった

すべての文字は意味をなさなかったが
すべての脈絡をひいて

<海>

呼吸を撫でる手の役割をする
光の帯

心臓を撫でる透明な手
海底に刻まれた
光のルビ

眼には光跡がつらぬき
焼き付けられた
透過性の文字
波形が

光速で眼球を走り抜け
さらに水晶体の内壁に刻まれた
文字を読み取った
最期の光は
瞳に受取られことなく
宇宙に帰っていった
拡散した光の粒は
もう宇宙をどこまでも転がりつづける

波形文字の伝えた
新たな文化は
盲目の代償として
<眼は日時計になってしまった>
<僕は時計>

<時間は僕の内側から生まれる>
<恒星になった僕の眼球と太陽の相関関係>
<引力によって時間は決定される>

因果律の居場所を教えた
僕は盲目でありながら

すべてを知り
すべての落下物から身をかわすことができた

そして僕の言葉は
波形文字の音(おん)を奏で
臓器と同じ声で語り始めた

それが新たなる予言
意味を失った言葉が
人々の体を刺し貫いた

人々は原初の暗闇を想って
眼を閉じた

閉ざされた眼球は
ゆっくりと回転を始める
太陽を追って

網膜に焼き付けられた太陽の影のなかに
ひとつの黒点をみつける

黒点はどんどんと
瞳の中心に向かって
加速し続ける

その巨大な恐怖に
次々に人々は瞼を開く

開いても闇
まだ太陽の輪郭と
黒点の接近は止まらない

人々は恐ろしさに
声を上げ
悶え
苦しみ
ついには
回転する眼球を
抉り出してしまった

あるものは眼球を潰し
あるものは瞳を剥ぎ取り
やわらかな白球がぽとぽと落ちる

すべての落ちた眼球が太陽を追って回転しつづける
そして発狂した声と
苦痛に歪む身体が踊り続ける

<太陽が落ちたらこうなるんだ>
<太陽が落ちたらこうなるんだ>

残った最期の惑星
僕の瞳は
たしかな波形文字に引かれて
黒点を見つめ続ける
急速にもう空のあたりまで来た黒点は
針のように小さいまま
眼球の中心に引き寄せられる

瞳に黒点が刺さる
黒点はその時眼球の白をかけめぐった
僕の眼球は真っ黒だ

眼球内の闇は
想像の光さえも奪いさり
眼球中心に小ブラックホールが
そのすべてが闇に落ちていく途中
小さな記憶が振るい起こされた
それはあの眼球内壁に書かれた文字を読み取った光が
通り過ぎていったときに
焼き付けた一瞬の焦げ跡
それに黒点が当たり
ひとつの像になった

<黒点は宇宙に散らばったあの光粒の>
<ひとかけらが宇宙の果てにタッチして>
<闇の粒子になって帰ってきたものだったんだ>

僕の心像に画(え)が浮かぶ

眼球側壁に書かれた文字だ
波形文字はズームにされていく
だんだんとその文字の輪郭が明らかになっていく
その文字は動いているように見える
細かく扇動する手足のような

文字はただの蟻の行列になった

なぜ
なぜ?
何故?


そこで最期の記憶は途切れ
眼球の回転も止まる
すべてが停止した

時が終わる

その後停止した眼球壁の側面をぞろぞろと
蟻

その蟻が向かう先は
化石になった肋骨の上

頭上に浮いていた石も
すでに地に落ち

砂地には引きずったような跡が
地平線のむこうには一匹の陸亀

それ以外はすべてが砂に
停止した眼球も
肉体も
風紋を刻む風に
崩れる砂にされた

海底には蟻がたかる赤い花
その花弁の隙間
花蕾の奥に
ひとつの眼