水斑の亡者

 










死が水苔のように岩の隙間に成長していく 
その暗やみの侵食する音 
それともそれを見据える眼 
猫の眼球をカミソリで水平に切りとったような視線 
底溜まりの揺らめく蠱惑色 
甲虫の零す銀鉛舞う水斑の照返し 
ごくりと飲み干す腐った水の艶 
そこに身体を横たわらせ 
わたくしは身体を水袋にする 
パンパンに張った肢体から汗のようにこぼれる水を滴らせ 
わたくしは溺れている 
苔のはった空井戸の湿った闇のなかで 
すこしだけの翠 
冷えた砲丸のような 
石床の浮き上がった冷気に 
わたくしは幽霊の手を感じながら 
薄い毛布の透き通った白を感じながら 
隣で眠るはずのきみを必死で起こそうとする 
そこにある白目にむけて 
耳から溢れ出る焼そばパンの具が 
わたくしの石櫃を満たしていて 
そこがまるで水面であるかのように 
僕の手はそこまでしか上がらない 
そしてわたくしは温かい小さな手を思い浮かべる 
その手に重なるわたくしの手を思い浮かべる 
そこは浮上のための金貨 
のような喜びの木霊が響いていて 
それは古いコートの内ポケットのなかにしまい忘れられたまま 
時を刻み続ける懐中時計のように正確な鼓動を続けている 
でもその文字盤はくもっていて 
シャツの袖で拭いてやらないといけないんだ 
油の切れたブリキ人形よろしく 
わたくしは胡桃をかじって逃げだしたがっている 
わたくしの手をとってください 
わたくしの手を幾度も幾度もとってください 
愛するあなた