引力














「引力」


私の居場所にはたを織る
波打ち際に打ち寄せる波に揺られる意識
泡ぶくが寄る辺ないまどろみの陽だまりに
暖められていく
いくつもの手癖が降り積もる
砂時計の真新しい砂の角の斜光と古い砂の退色
色褪せた糸
真新しいより糸の鮮
白い染料で染められた色褪せない白色
目を覚ませという
身体を笑って
食物を詰め込んだ体は
吐く夜の粒を煎じては
茶をたてる
深いところにころがって
砂金は舌のざらついた淡紅苔を通って
喉奥の内臓壁を濡れ泳ぐ
光というのは言葉だ
問題なのは運動
手先の扇動のような微弱なオール漕ぎで
月を浮かべた湖水をゆく
濡れ水膜を重ね合わせ
その水平の光る眼の上にのって
まばたく一瞬の睫毛の線描に
焼き付けた像が
引く手
引力












濡れ犬、泣き犬、眼
入れ歯、噛む歯は ニッキ
尻だして
指紋の擦り切れた優しい指で
触る震え子犬の弱りきった身体
皮





「意志の燃料」


くりかえした
くりかえした
それで昇った血は体中で冷めていった
闘えという
できないことと
できることが混ざっていて
混沌に私を寝かしつけてしまえばいい
そう何かが足りなくて
何かが食べたいのにお腹はいっぱいなんです
もうお腹いっぱいです
でも足りないのわ
意志
意志をつむぐ燃料
壁の間にいる生き物が斜めに迫る壁の中
僕の柔らかくなった脳の隣を這いずり回る
やめてくれ
ぼくわ
身体の中も明け渡したのに

(ほんとはまだなにも渡してはいない)

ささくれた安マッチ棒のようにぽきりと
折れて首を落とす
いくつもいくつも
赤い頭が畳をよごす
燃えて焦がすなら
まだしも
ミニコガネムシの膨らんだ死体みたいな
牡丹のうらめしく重い花目の落ちた眼みたいに
僕のほうを見るのはやめて
コガネムシは固まって外皮からやわばねをはみ出して
死んでいた
カナブン
カナブン
畳みに落ちたてんと虫
ぼろぼろ落ちたてんと虫
真っ赤なヘルメットに黒い目は
やわらかく潰れてく
ぷちぷちと殻はくだけて
薄ばねもはじけて
畳の縁にしまわれる
黒い手足もぺしゃんこだ
汁は染みになって
のこりはどこ行った
どこ行った
僕は畳みの上にあぐらかき
きみと話がしたいと想うのだろうか








ポッケ、ポッケ、ポッケ
手をしまう
離島の風が駆けていく
明るく抜けた水色が洗濯ものの裏側で
白の階段どこまでもリゾートマンションつづいてく
白いTシャツ後ろ首
小麦の肌にほつれ髪




「眼の中にだけあるもの」


僕は僕でなくなりたい
私はもういない
ただひとつその場所だけは覚えている
きみとかきみらとか
いくら手をのばしても硝子瓶を通してしか触れることはできない
溶けた硝子の腕を通して見つめる僕は
今という空気の入り込む隙間もないほどに
入り組んだ硝子体のうねりの肉体に含まれている
冷たさと暖かさが等分に混ざり合った
柔軟な硬質に塩化ビニールの波間に溺れる
息苦しさを膨らませる
肺が二酸化炭素を集めて
虹色の網膜を焼ききらんばかりに
膨張そしてかすれた肺は息を嗄らす
しゃべり声は透明だ
だれにも届かないかわりに
だれにでも届く
僕はもうずっと語りつづけている
声はやっと枯れ尽き
そして太陽と同じ眩しさをもって
空井戸の陽炎をゆらす
砂粒の黄金に焼け付く渇きをもらい
てのひらには妖精の踊る蜃気楼が
瞳の中に焚火を囲む踊り子たちが
いつにもまして消えていった短期記憶が
暗がりを教えて
手のひらのふるまいを伝える
逃げていったあの娘は
どうやら闇を食べすぎて
無と並んで走るやりかたを知ってしまったみたいだ
でも僕の言葉は届くようだ
それは紙に打たれたオルゴール盤の穴みたいなものだから
てさぐりでも
その穴のふれる驚きを瞳のゼンマイにかけて
心臓の鼓動に合わせて聞くことができる
その時打つ熱い血潮の心拍
そして紅潮した頬にふれた僕の手首の気圧が
きみの耳をふさぐ




「昼寝」



金網の上に落ちた
影だけが拾った
空は洗濯物をなびかせる風に運ばれていく
ひとかけの雲が
群青のなか
海を思い出させた
白いシーツがたわんで揺らした影のなか
風穴(ふうけつ)に隠れた兄妹の
つないだ手と手
指と指のからんだ影は
見あたらなかった
笑顔は青い空を受けて
真っ白に照らす白波の中
永遠に高い空に焼き付けられた













蟻の目のひとだ
蟻の目のひとだ






外はすごく寒い
編まれた服はとても暖かい
その服はずっと編み続けられている
きみが寝てる間にも
きみがねむりにつくとき夢に敷く寝巻きはとてもやわらく
やさしい綿糸で編むように
ぼくは想ってつむいでいます
きみが纏う幾すじもの糸の一本を


 


乾いた婆さんの
眼窩の赤い影
脈絡なくねめつけられる哀切の表情






親 (うから)





ゆきむかえ ―むかへ 【雪迎え】 
小春日和(こはるびより)の日に、上昇気流に乗って空高く伸びた蜘蛛(くも)糸にぶら下
がった子蜘蛛が飛行する現象。快晴の空に銀色の糸が光って流れる。この後、雪の降る
時候になるところからいう。山形県米沢盆地などで見られる。蜘蛛の糸だけが飛んでい
るものを遊糸(ゆうし)という。