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「黄金(こがね)くアルプスが」
	

朝に

鱗粉を香(かぐ)わす

アルプスが

霧透の果てに

のぞかせる

天の香り

<アルプスが>

<天(あま)く香る>

朝日のきれっぱしが

粉々になって

雪花を散らす

アルプスが

黄金(こがね)く

朝に

 

天河を響かす

光球

太陽が小鳥のくちびるを

撫ぜる

火矢、(日矢)

白漂された大地の銀鉛を刺す

小股くかける死矢

白泡に散る

<銀鉛舞う夜>

<湖は底深くねむる>

アルプスの輝肌に落ちる

天河のこぼれ汁が白点を打つ

白粉に煙く

舞った霧煙が

アルプスを溶かす

霧煙を吐くアルプスが

透過に沈む

孤島の心臓を打つ朝日が







 














「箱部屋の空」


古いほこりにおおわれた
とざされた箱部屋
ずっしりと重くはりついた暗い色の家具たち
悲哀の色に染みた木製ピアノ
やつれた木目の細いテーブル
時間にかすれた色の白いシーツをのせた
乾いた木のベット
ちいさな窓はほっそりとした腕が
しずかに流れの蓋をひらく
ながれこむ風はきざまれた時間の跡にそって
新鮮な道を走り抜ける
吹きすぎる風がむき出された乾きを
優しく溶かしていく
まだ頼りない足どりで
ちいさな青空を見つめる
風と手をつないで青空に握手しようか
太陽の息を吸って















「星影」

星 影 

すきとおってるな

にわかに鳴り出す

なぜそこにいると雨音がきこえるのだろう

そうか折れたこころをしまっておくために

広がっているのか

その青草のほとばしる厚い毛綿のような原っぱで

ちいさな口のまがった小瓶をみつける

ああ 抱かれていたい

草綿がこんなにもやさしく冷えて

深々と体を沈めさせてくれるなんて

よつゆをころがした葉脈に沿って

残された夜のぬくもり

つつましやかにねむる

記憶の蜜を

ねじれ口の小瓶で拾い集める

いくさきを探しているんだ

こぼれるみずしぶきを払うように

ふりまいた

そう目を閉じたっていいんだ

祈りの糸のほつれ先を

草をはむ幼虫のように

ただしずかに力強く

それは削られゆく草葉と生きることの持つ貪欲なまでの真摯さの

さだめられた約束のように

確かなかたちで動いていていく

そうやって辿っていくことができるんだ

    「ソウヤッテ タドッテイクコトガ    デキル    。」





























「瞳がひろう世界のふるえは僕の中にある」

風って
肌をなでるとか
空気の皮膚にふれるとか
流れにさわられるとかあるけど

なにか を運んでいるんだ

それは確かに運んでいる

僕からどこかへと

どこかからぼくへと

木々のなかにさわつくもの

緑の萌え尽くイロだとか

ひろすぎる空に落ちた 落とし物だとか

僕の中にある って想うんだ

そういう目の先から飛び込んでくるような

ふるえたちを残らず

僕の中にある って想うんだ
 
 





















「孔雀」
  
夜がおとずれを待つ
垣根を越えて
吹きすさぶ
時間の糸屑を
拾いながら

ここには誰もいない
死に絶えた水底の砂辺で
誰もが働き 誰もが眠り 誰もが遊ぶ頃
この流れのたまりで
息を吸う
どうして皆黙っていることができるのだろう
仕事や学校や物語のなかにいるからだろうか
なにものとも繋がらず
つくることにさらされていると
胸とか頭とかがいっぱいで
それを外に出してやらないといけなくなる
つくることとは
自分を世界のかたちに合わせることではなく
世界を自分のかたちに変えていくことだ
それは基準 になることだ
そのためには 確かさに触れつづけなければならない
血を吐かなくてはならない
すべてのじかんが痛みとともに訪れ
叫びとともに過ごされる
そのことの証明として
かたちがある
かたちで示し
かたちで変えるしかない
かたちとは生きている
わかっている
ぼくが求めるものは
ぼくというかたちに制限されている
それはぼくという器に入っているすべてを投げ出しても
手に入らない
それが世界だ
でも僕がつくるかたちは
まったくの自由なんだ
その場所でなら
世界の在り方について
想いを放してやることができるだろう
そこはきみだけの場所なんだ
そのきみだけの場所で泳ぐ
きみの姿 かたちが
世界に届くもっとも強い言葉なんだ
その言葉を持って世界に語りかけよう
ぼくは語り続ける
ひとりひとりが自分というかたちの中に
うごめくもうひとりの自分を放してやる場所をもって
世界に語り始めたらとても素敵だろう









 












「傷」
 
傷なんてない

そんなものみたこともないし

感じることもできない

でもぼくのなかにそれらしきものをさがせばそれは

四葉のクローバーを探すようになったことぐらいだ

もう五葉のクローバーもみつけちゃったし

手帳にはさんだクローバーは10枚近い

ただもうさびしいとかくるしいとかかなしいとか

そういうのはべつに傷ついてるとかそういうわけじゃないんだ

だってぼくはそんな傷なんてものみたこともないし

でもひとりでいると

ここにあるよ

ここにあるんだって

静かなみずうみの鏡平面の揺れ立つクオリアだとか

白木の丸太の束とかが

ここにあるって言いたいんだ

みつけたクローバーの萌黄色があまりに心浮かす色だから

ここにあるんだって言いたくなるんだ

線路土手の薄白い秋色になった雑草の

歓声のような色波がわっと押し寄せてきたり

下草のクローバーを眺めながら歩いていたら

急にその緑の瞳たちがいっせいにぼくを見つめて

話しかけるから

どうにも 「ここにあるんだよ」って叫びたくなるんだ
 
 




























「ははははは」


よわい よわい よわい

風にさわっている

吹きすぎる枯草を つ か む

あたまの中がすきまなく埋めつくされた高層アパートみたいに

生活の疲れ

ぬぎすてられた靴下みたいなものを溢れさせ

その想像のはだけ姿をさらしている

もうそんなに多くの人たちがいっせいに歩いたり

しゃべったり 

洗濯したり

がやがやがやがやいってるから

もうたくさんなんだ って叫びたくても

いったいその叫びはどこに回収されるのか

そう建設的なことを考えようと

崩れかけのアパートを補強材でささえようとしたって

どうしようもない

それにはひとの手が必要だからだ

てのひらをもとめて手を振ったって

蝶のように闇を舞うだけ

手をつないで温かく引き上げられるなんてありゃしない

自ら這い上がろうとしたって

這い上がる地面がなくちゃ落ちていくのと変わりない

てのひらがなければそれは地面がないのと同じなんだ

りんごは真下におちるってこと

転がり落ちることを笑ってやることだけが

唯一の気休め

そうどんどん遠ざかっていくんだよ

落下速度は加速度的に吸い込んで

闇そのものを吸い込んで

行きたかった場所と落ちていく場所は

そんなに違わないだろう

ひかりかやみかあたたかいかつめたいか

ひとりっきりかそうではないか

わかっている

でも もうどうすることもできない






















「精神物質」

ぼくにできることは

かけ上がること

どこにもとどかない

だれにもつたえられない

オモイを

ただあたまのなかの

肉の痛みから解き放つために

幾重にもかさねて

織り上げられた心臓のように

ひかりを脈打つもうひとつの私を

こころもあたまも踏み越えて

浮きあがった場所にとどかす為

えぐりとられた祈りを

いのりつづける

そのためだけに

ぼくは いる

























「     」

まごころをこめた 想いをのせた言葉が
虚無の闇にすっと飲まれていくのを感じる時

それはまるでファーストフードのトレイの上のものが
ゴミ箱にすいこまれるみたいに

まごころをこめてつくったものが
必要とされず残飯のように捨てられていくとき

受けとられなかったまごころが入っていた分の胸の内が
急速に死んでいき固くなるのを感じる

そのようにしてだんだんまごころを込めることが
残飯を捨てるダストシュートの腐臭に染まっていく

ああ 擦り切れていく
いつのまにか 胸の内はあたたかいものをしまっておくことができなくなっていく

もうずいぶん僕のあたたかな想いやまごころが
どこかのゴミ捨て場の暗がりにうずたかく積まれ腐臭を放っているだろう

その腐臭は僕の中の一番美しい場所から汲まれてきた水でつくられた
一番美しいかたちだったものなんだ
僕の胸の内にあった一番あたたかい血肉から生まれたものの腐臭なんだ

もうだれもその腐臭を嗅ぐことは出来ない暗闇に
ひっそりと積まれた死んだ言葉たち

失われた血肉の疼きが
僕だけにその腐臭を思い出させる